Archive for 5月 2014

秤

人生とビジネス:あなたは今日、何回「ありがとう」と言いましたか?

私は社会人となってから現役を退くまで

会社の組織の中でも働き、経営も経験しました。

 

しかし、「ありがとう」の意味を本気で考えたのは

60歳を過ぎてから、新たにビジネスを始めるときでした。

 

その結果、

それまでの理解がいかに表面的なものだったかを反省しました。

 

 

「ありがとう」の意味を考えたのは、

ビジネスを構築する上で避けては通れないことを

実感したためでもあり、

また、

ビジネスを早く軌道に乗せたいこともあったからですが、

 

そこで理解したことは、

ビジネスの世界を超えて

還暦過ぎの高齢者が最終地点まで生きてゆく上での

大切な知恵にまでつながっていることを実感しました。

 

 

 

● ビジネスを構築する際に考えた「ありがとう」の意味

 

 

あなたはモノを買ってお金を支払うとき

「ありがとう」と言いますか?

 

誰もが対価を支払いながら「ありがとう」と言っている例があるのですが、

どんな場面かイメージできますか。

 

 

お医者さん、学校の先生などに

「ありがとうございました」と言った経験はありませんか。

 

素直に「ありがとう」と言えるのは、

命を助けられたり、新たな知識、ノウハウが得られて

それまでの自分の状態や環境が変化したり、

成長や希望を手にしたと感じるからです。

 

 

得られた価値を喜び、与えてくれた人に対して

自然に「ありがとう」という言葉になるのでしょう。

 

 

価値については前回の「夢・実践塾」新月会でお話した通りです。

レポートを参照してください。

フェイスブック

http://on.fb.me/1b81UHO

 

 

その日、モノを買う行為は「価値」を得る行為だと言いました。

「価値」を感じなければ購入行動は起きません。

 

それはビジネスを構築する際に、売り手側の目線で

知らなければならないことのひとつです。

 

 

しかし、多くの人は買い手側の立場で行動してるので

深く考えることがない場面です。

 

 

私は喫茶店で注文品を運んで来てくれた人に

「ありがとう」と言います。

 

すると多くの場合、

言われた人は「え?」という顔を見せます。

 

そのような挨拶には慣れていないからでしょう。

 

 

日本では、お金を払っている方が偉そうな感覚になるのは

なぜでしょうか?

 

 

日本の売買行為の場面では

「お客様は神様です」というキャッチフレーズが

何となく身について

売り手は頭を下げ、買い手は挨拶もしない

という構図が染み付いているように感じます。

 

不思議なことに、その確率は高級なお店ほど高いです(笑)

 

困ったことに、店員もお客も。

 

 

あなたが神様のようなお客だとしたら、

そしてそれが当たり前のようになっていたとしたら、

 

起業しようと考えるのは危険です。

 

 

 

売り手側がお金をいただき「ありがとう」というのなら、

買い手は価値を得ている点において

「ありがとう」と言うのが自然です。

 

価値の交換だからです。

 

 

対価としての金銭のやり取りがあると言う点では

その大小はあるにしても、

ビジネスの世界でも

お医者さんや学校の先生に対するのと同じではないでしょうか。

 

 

お客様は、モノやサービスの提供に対して対価を支払うのです。

 

モノやサービスという価値を得たことに対して

対価を支払いながら「ありがとう」と言うのは、

価値の交換だから当たり前のことなのです。

 

 

お客様は神様ではありません。

 

 

起業して売り手側に立つと言うことは、

お医者さんや学校の先生のように

「ありがとう」と言われるような価値を提供することを

追求する側に立ったと言うことになります。

 

 

そこがコアコンセプトを明確にする点です。

 

 

また、ビジネスは社会貢献だと言いました。

その意味は、

ビジネスは困っていることを解決するモノや知識や方法を

提供することだというところに行き着いたからです。

 

だとすれば、

ビジネスが安定、成長するために必要なことは

提供するモノや知識やノウハウによって

購入者が価格より大きい価値があったと喜んでもらえることを

追求し続けることだと思います。

 

 

 

起業しても「お客様は神様だ」という姿勢の人は

事業はうまく行きません。

 

揉み手を覚えるより、提供する商品の価値を上げることが

社会貢献になります。

 

目の前のお客様に提供するのは

お客様が求めている「価値」を提供することです。

 

頭を下げるだけの売り手ではビジネスそのものが存在できません。

 

 

これから起業する人は

お客様が対価を支払いながら「ありがとう」と言われるようになる

ところを目指してくれるといいなと思っています。

 

 

そのように考えると、

あなたが買い手側の立場であっても価値を得たのなら、

お金を支払いながら「ありがとう」と言う方が

自然だと思いませんか?

 

 

 

このようにして

「ありがとう」の意味が理解できると、

 

買い手側の立場としては、

対価を支払いながら「ありがとう」が自然に言える人となり、

 

売り手側の立場としては、

いただく対価を超える価値を提供できる起業家を目指すことになるでしょう。

 

 

 

日々の暮らしの中での金銭のやり取りでは

買い手の立場としての行動が多いですが、

今日、お金を支払いながら「ありがとう」と言えたか、

お酒を飲みながら一日を振り返るのも良いかもしれません。

 

 

 

 

● ビジネスを超えた先にある「ありがとう」の意味

 

 

対価を要求されないのに、価値を得ている場面があるので、

 

対価の交換の際にお互いが「ありがとう」と言う関係を

さらに延ばして、その先ではどうなるのか考えてみました。

 

 

生きていると、

お金を支払っていないのに助けられていることがあります。

 

価値を得ているという点ではお金を支払う場面なのに

対価を要求されてないケースがあるのですが、

そんな場面に会うと心から「ありがとう」となります。

 

本来なら対価を支払うべき相手がいる場合もあれば、

いない場合もあります。

 

 

たとえば、自然との共同作業。

日本は古来から農業で成り立つ国でした。

 

 

昨年、日本酒造りの体験をさせていただきました。

 

この歳になって遅まきながら

水田に酒米の苗を植えるところから始まり、秋の稲刈りや

蒸し米に麹を植え付け、仕込みなどの手順を経験しました。

 

お米作りや日本酒づくりと言うのは、

自然の仕組みを経験を通して学び、自然と調和させながら、

自然界の目に見えない変化や生き物たちの力を借りて

自然環境と仲良く共同作業をするという長期間の作業の積み重ねです。

 

 

そこでは

目に見えない自然界の動きや生き物に感謝する気持ちが

自然に起きてくるのでした。

 

苗を植えたら根付くまで強風や大雨が気になり、

順調に育ち始めたら日照りや害虫に気を配り、

稲穂が輝き始めると台風だけでなく

雀やイノシシに荒らされないかと心配になり・・・

 

このようにして人の力を超えた、

見えない力を借りていることを実感するのです。

 

 

ビジネスでは価値の交換で価値を手に入れたもの同士が

お互いに「ありがとう」と挨拶します。

 

ビジネスから離れた世界では

お互いが助け合っていることに対して「ありがとう」の気持ちが

自然に起こります。

 

 

農夫が作業を終えた一日の終わりに

「今日もありがとう」と頭を垂れるのは

収穫までの間、自分たちの力だけでは叶わないことを知っているからです。

 

収穫まで見えない力を借りながら、調和させながら作業が続きますが、

見えない力は農夫から報酬を期待している訳ではありません。

 

 

自然の力を借りる作業は対価を受け取ってくれる相手はいません。

 

お米などのように近い将来の作物ばかりではなく、

林業などのように長い時間がかかる事業もあります。

 

祖父母の時代に植えられ育てられた成果を自分の代で収穫し、

今手をかけ育てているものの成果は孫の世代が手にする

というような息の長い仕事もあります。

 

そのような仕事は林業に限らないでしょうが、

あらゆる科学をもってしても最後には人知の及ばないところに

行き着きます。

 

 

人知の及ばない力に助けられていることを知った人が

「頭を垂れる」動きをするのでしょう。

 

 

人知を超えた力と仕組みに感謝できる人が

やがて自らが

無償の行為を進んでできる人になるのかもしれません。

 

だから、対価を求めず

表に出ないところで活動している人がいるのです。

 

 

自然から価値を得た人や、

自然から価値を受け取っていると気づいた人が、

その対価支払いの代わりに

自らの無償の行為で返している図式が見えて来ます。

 

 

このようにして、

最後は無償の行為に行き着くのだと思います。

 

 

現役時代、社会の様々な経験を重ねて高齢者と呼ばれるようになったのに

まだまだ思慮の足りないことを思う日々ですが、

 

後から来る人たちが

還暦を過ぎて人生最後のコーナーにさしかかるころには

報酬を期待しない行動が自然にできるようになっていれば

いいなと願っています。

 

 

私ももう少し努力が必要なようですから

「夢・実践塾」新月会で一緒に勉強しましょう!